
≪あまつひ椿≫≫占いでジャッジされたような経験、ありませんか?
おはようございます。
先日、ある方と、こんなお話をしました。
生年月日でみるのはいいけど、
「数秘〇番の人がいたとして、その数字でその人を決めつけて話す…」
これ、よく起こりがちだと思うんです。
わたしは、ライフパス8番。
だから、気質で見れば、
細かいことや、
ひとつのことを追究することが苦手。
それを、目の前にお客さまがいたとして、
「あなたは8番だから、苦手なんですよ!
だから続かなくても仕方ないですよね。」
ブログでも何度も言わせていただいてますが、
占いは【ツール】として使うもの!
であって、その方を、
知識の枠で囲うものではない!!
って、強く思う。
「何年か前に、別の方にみていただいた時に、
あなたは〇番だから向いてないよって、言われて、
でもできるようになりたかったんです。」
以前こんな風に話してくださった方もいらっしゃいました。
前提として、
“目の前の方を主軸にみる”
これはブレてはいけないところだと考えています。
(私も学んだばかりのころは、
その方の星ありきで、
押しつけがましいことを言っていたと思う…)
占いって、
その方がどうなりたいのか?
どこに詰まっているか?
苦手なこと、が分かるからこそ、
次の一手が出せる、そのためのツールであって、
目の前の方を置いてきぼりにして、
自分の知識の枠にはめてお伝えするって、
お支払いをいただいてする行為ではない、
と思う。んだけどなぁ…
なんだか、ぼやきになってしまいますが、
そういうお話を聞いて、
同じように学んでも、
使い方によっては、
傷つける道具にもなり得る。
何だか少し、もどかしさと、
悲しさを感じました。
占いって、先人が残してくれた、
素晴らしい叡智なのにな。
これって、食についての知識、
添加物や、食の闇を知って、
これまでは食べていた、カップ麺やお菓子などが
急に、ダメ!
と、なって、
ご主人やお子さんと理解し合えなかったり、
お母さんが1人で頑張って、
すれ違ってしまうパターンとちょっと似てるなぁと思う。
どちらも、自分では、
【相手のために】と思ってしている行為。
でも受けとる側のことや、
伝え方も大事ですよね。
使い方も思いやり。
占い師も、
目的と意識を見失っちゃいけないですね。
わたしにとっても、
良い学びになりました。
自分や他者を評価するためのものでもなければ、
自分を大事にするため、
他者を理解するための足掛かりになる、
“許すため”のツールであるとも感じます。
道具も知識も使いよう。
わたしもまだまだ学びです。
では、またあした。
椿樹(つばき)
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あまつひ 椿樹

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