あまつひ 椿樹

≪あまつひ椿樹≫「我慢しなくても、ケーキを食べていい理由」

おはようございます。
椿樹です。


以前、みさせていただいたお客さまとの会話の中で、
気になったことがありました。


それは、
“意味のないことはしてはいけない”
という思い込み。


どんな出来事にも意味がある。
こう捉えて、その現実が自分に知らせようとしている
メッセージを考えたり、
何でこんなことになったのか?
自分の内側を見るいい機会にもなります。


ですが、何をするときにも意味付けを考える。
これって、何をするにも、理由がないといけない。
これも思考のクセにもなるのですが、
これはちょっと窮屈ですよね。


急に、ケーキを食べたくなった。
→今日はたくさんの人と話して疲れたし、頑張ったから!
確かにご褒美を自分にあげるのも思いやり。


ですが、じゃあ何も頑張っていないときには、
ケーキを食べちゃいけない?
何か理由がないと、好きなことはしちゃいけない?


ここを自分自身が許せていないと、おそらく子育てをしている人は、
子どもにすごく腹が立つのではないかと察します。


子どもは欲に素直だから、
ごはんの中に、果物のデザートがついていたら、
果物を一番に食べたい!って思うかもしれない。
でもどこかで、果物はごはんを食べたあとのご褒美、
という概念があったとしたら、
それがすごくわがままな行為に映るのではないでしょうか?


確かに栄養として、ごはんの方を多く食べてほしいから、
果物でお腹が満たされた分、ごはんを食べる量が少なくなるのは違う、
という意見もあるかもしれない。
でももし、果物が嫌いな子がいたとしたらどうでしょう?


果物にはビタミンっていう栄養があってね…
だから少しでも食べてもらおうとしたりしないですか?


なにが言いたいかというと、
“頑張ることが美徳” “我慢をすることが美徳”
その無意識が強く根付いていないか?
人に対してそこに腹を立てるときは、
あなた自身が、とてもたくさんたくさん、
我慢をして頑張ってきたんでしょうね。


何も頑張っていなくても、我慢をしたあとでなくても、
ケーキを食べていいし、好きなこともしていいんですよ^^


あなたのご褒美は、犠牲を伴わなくても、
受けとっていいんです。


許せていない方は、
おそらく、誉め言葉も真っ直ぐに受けとることが苦手な方。
自分で自分を鼓舞してこれまで頑張ってきた。


発せられた言葉は、そのまま受けとって大丈夫ですし、
やりたいことは、意味がなくてもやっていいんですよ。
これも気づくと変えていけること。



でもその思考がどこからきているかを知ると、
また自分の味方、自分への労いも変わりますよ。
まずは知ることから。


生き方、見方、変えていくチャンスですね。


では、また。


椿樹


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