あまつひ 椿樹

≪あまつひ椿樹≫「無になるって、強い」〜鬼滅の刃・無限城編〜※ネタバレ注意

おはようございます。
椿樹です。

先日、『鬼滅の刃 無限城編』の映画を観に行ってきました。
映像も音楽も圧巻!
戦闘シーンを観てると息をするところが分からなくなる(笑)


その中でも、印象に残ったのが、炭治郎の“ある瞬間”でした。 戦っていた相手は、人の「欲」や「殺気」といった “気配”を察知する力を持つ鬼。
心の中の「倒したい」想いが、 気配として伝わってしまう。
そんな相手に、炭治郎がとった方法は ──完全に“無”になること。 「倒したい」という欲を置いておくような、
感情を抑えるとかではなく、 本当に、心を静かに空っぽにしてしまう。
それが、自分の意識、顕在意識の自分では、 出せないような力を発揮する瞬間。 “サムシンググレート”がおりる瞬間ですね。 サムシンググレートについてのお話もまたしますね。 あのシーンを観ていて、ハッとしたんです。
「あ、これ…セッション、カウンセリングにも大事なやつだ」って。 私は普段、占いのセッションをしていますが、
お客様のお話を聴くとき、 自分の考えや感情を前に出しすぎないように気をつけるときがあります。
「こう解釈すべき」 「こう言ったら安心するかも」
そんなふうに“私側の意図”が入ってしまうと、 本当に大事な部分を見落としてしまったり、 お客さまが話されることの輪郭がぼやけてしまうことがあるから。 できるだけ“無”の状態で、言葉やエネルギーを感じとるよう心がけています。
ただ静かに受けとる。判断しない。期待しない。 そうしていると、感情の色やイメージが、絵で浮かんだり、
とても繊細で、本質的なものに辿りつくことがあります。 それって、炭治郎が見せた “無になる強さ”と重なる気がしたんですよね。 何かを読み取るとき、誰かを本当に理解したいとき、
「私はこう思う」ではなく、 「この人は何を感じているのか」に意識を向ける。
そこに自分の欲をできるだけ入れない。 そんな“余白”があるからこそ、 人が持っている叡智や、サムシンググレートが助けに入り、 人と人がより深くつながれるんじゃないかな?って思います。 映画館を出たあとも、胸に残ったシーン。
あれはただのバトルの演出ではなく、 心のあり方を問いかけるような場面だったのかもしれません。 優しさと、芯の強さと、静かな集中。
“無になる”という選択は、 決して「何もしない」ことではなく、
むしろその人の本質的な力がにじみ出る瞬間なんだな。 私もこれからも、そんな静かで深い在り方を大切にしていきたい。 修行ですね(笑) では、またあした。 椿樹(つばき)

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