《忍野叶眞》土用に土を触ってはいけない理由を、100年以上続く庭が教えてくれた
私の家には少し広めの庭があります。
名古屋市の中心部にある築100年以上の古い家です。
手入れの行き届いた庭ではありません。
むしろ昭和中期の風景が
そのまま残っているような庭です。
気になって庭にいる生き物を調べてみると
植物や虫、鳥、爬虫類など
100種類近い生き物が
この小さな庭で私と共存してきました。
名古屋市の中心部とは思えない光景です。
この庭が今でも残っている理由は
父の考え方にあります。
父は昔から「先祖から受け継いだものだから」
という考えを強く持っていて
家も庭も必要以上に壊さず守り続けてきました。
庭の景色は
私が生まれた頃とほとんど変わっていません。
世の中は目まぐるしく変わったのに
この庭だけは時間が止まったようです。
周囲の街並みが変わっていく中でも
この庭だけは昔のまま残っています。
正直に言えば
この庭は私にとって厄介な存在でもあります。
春は雑草。
夏は雑草と虫。
秋は落ち葉。
冬も手入れ。
「もう全部コンクリートにしてしまえば楽なのに」
そう思うこともあります。
正直、自然を守ろうとする自分の行動なんて
小さな庭の面積なので地球規模で考えれば
無駄な抵抗なのかもしれません。
そんな庭を現状維持のために管理している中で
子供の頃から母親に土用は土を触るなと
何度も何度も何度も叱られてきました。
母親は土用に土を触る様なことをすると
ただただ家に不吉な事が起こるからやめろと言ってました。
理由がぶっ飛んでて謎すぎたので
子供の頃はそうなんだと受け入れてましたが
1番の災いは母親に怒鳴られることでした。
だから子どもの頃から
「本当の理由は別にあるんじゃないか」と
ずっと気になっていたのです。
ネットで土用を検索すると
「土公神が土を支配する期間だから」
「土を動かすと家に災いが起こる」
「引っ越しや土いじりは避けた方がいい」
といった説明がたくさん出てきます。
確かに母親の意見に近しい物でした。
もちろん、そうした考え方も
昔から受け継がれてきた大切な教えです。
それでも私は、何十年も庭を眺め続ける中で
「昔の人が本当に伝えたかったことは
別にあるんじゃないか」と思うようになりました。
ただ、庭を見ていると気付くことがあるんです。
毎年見ていると
春は芽を出し
夏は勢いよく葉を広げ
秋は実をつけ
冬は静かに力を蓄える
これを何十年も見てきた。
そこで思った。
自然には
「大きく変化する時」と「静かに力を蓄える時」がある。
昔の人は
「土用だからダメ」
じゃなく
自然を見て
「あ、この時期は土を大きく動かすより、静かに見守る時期なんだ」
と感じたんじゃないか。
春土用:芽吹きの準備。
夏土用:暑い季節を乗り越え、実りに向けて力を蓄える時期。
秋土用:実りを終え、冬支度。
冬土用:春へ向かう準備の時期。
毎年同じことを繰り返しているように見えて
実は季節ごとに土の役割はまったく違います。
植物が次の段階へ向かうために
土の中では見えない準備が行われています。
人間の目には変化がないように見えても
自然は次の季節へ向けて静かに動いている
そんな時期に人間の都合で土を大きく動かすことは
成長の途中にある自然の流れを
人間が無理に手を加えることになる。
そんな考えが土用という習慣に
つながったのかもしれません。
だから
人間の都合だけで土を大きく動かさず
季節の流れを見守ることを大切にしたのかもしれません。
もしかすると
これは土だけの話ではなかったのかもしれません。
昔の人が引っ越しや大きな変化を土用に避けたのも
同じ理由だったのではないでしょうか。
自然が土の中で次の季節へ向けて準備をしているように
人間も植物と同じで
根を張る時間がなければ
大きく伸びることができるのかもしれません。
人間もまた、人生の中で同じような時期があります。
新しい環境へ飛び込む時
何かを始める時
大きな変化を迎える時 その前には
外からは何も変わっていないように見える
「準備の時間」が必要なのかもしれません。
新しい場所へ移ること
新しいことを始めることは大きなエネルギーを使います。
成長とは、いつでも動き続けることではなく
時には根を張り、力を蓄える時間も含まれている。
昔の人は自然の流れを見ながら
人間もまたその一部として生きていたのかもしれません。
私は、この考え方が一番自然に腑に落ちました。
私自身も
人生の中で何度も大きな変化を経験してきました。
その時には、早く変わらなければと
焦ることばかりを考えていましたが
今思えば準備する時間も必要だったのだと思います。
昔から土用の丑の日にうなぎ。
これも夏バテ防止、栄養補給。
つまり
自然がエネルギーを蓄える時だから
人間も身体を労り栄養を蓄える。
という考え方。
だから私は
土用を「何もするな」ではなく
人間も自然と同じように栄養を取り込み
今後の視野を広げ、目標を再度検討し
次の季節をより良く迎えるための
準備期間だと考えてます。
庭掃除に多くの時間を使うのではなく
勉強してもいい。
旅行してもいい。
本を読んでもいい。
美味しい物を食べてもいい。
インプットの期間。
自然が栄養を蓄える時期だから
人間も栄養を蓄える。
だから土用の丑の日には
栄養価の高いうなぎを食べる。
昔の人は「休むこと」だけでなく
「次の季節へ備えること」も
大切にしていたのかもしれません。
100年以上変わらず季節を繰り返してきた
この庭を眺めていると
昔の人が土用を大切にした理由が少し分かる気がします。
土用とは「怖い期間」ではなく
自然も人も次の季節へ向かうために
一度立ち止まり、力を蓄える時間。
100年以上、季節の移り変わりを見続けてきたこの庭が
私に今も教え続けてくれていることです。
にんにん
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忍野叶眞
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